| 2026 |
| 09,09 |
はてブロで匿名で言及する…って
気にはならなかったので、
供養としてこっちに載せます。
気にはならなかったので、
供養としてこっちに載せます。
https://anond.hatelabo.jp/20260906221615
いや興味深い。フィクションか否かとかはとりあえず置いといて読み物として興味深かった。
いや興味深い。フィクションか否かとかはとりあえず置いといて読み物として興味深かった。
何か自分が書きたくなる文章、久しぶりに読んだ。
「離婚してから自分が性格悪いことに気づいた」について
(言及で通知を送信したくないので、こちらの記事で引用させていただきます)
引用元に目を通してる物として私の考えをここに書き連ねておくんだけど、
元増田のノンフィクションだったとして、この記事が感じ悪いと思ったらごめん。
誹謗中傷が目的で書いてるわけでは一切ないのだけれども、もし傷ついたらごめんなさい。
**「人は物を訊ねる時、本気で物を訊ねているのであって…」
私の話をするのだが、私は文学徒だった。意味論だとか語用論だとか、「含意」とか「前提」について調べていた時期があった。
言葉には字面以上の意味がある。
Wikipediaには
>>「推意(すいい、英: implicature)とは、言語学の一分野である語用論において、文字通りには表現されていないにもかかわらず、話者が発話によって示唆したり暗に伝えたりする何かのことである。」とある。<<
(大学では「含意」と習ったのだが、Wikipediaの翻訳では「推意」として記載されていたので、そちらを引用する)
「今日は雨が降るよ」の一言に対し、(傘を持っていきなよ)(外出する時は気を付けなよ)
(運動会は中止だね)などと、字面にはない意味を聞き手が推論することがある。
同じ言葉でも、文脈・シチュエーションによっては、「含み」が変わる。
「すごいですね」「やばいですね」これらなんか本当にずるい。すごいですねって何やねん。
とりあえず言っとけば角が立たないってか。でも、同じ言葉で皮肉にだって使える。
言葉の字面以上に、我々は雰囲気でコミュニケーションをしている。
言葉から伝わる言外の意味は、ただの飛躍だろうか。
「前提」とは、Wikipediaにはこうある。
>>「言語学(意味論・語用論)において前提 (presupposition) とはある命題が適切に発話されるためにあらかじめ知られていなければならない命題のことである。(中略)たとえば、彼は受験にまた失敗した。という文は通常「彼が(以前にも)受験に失敗したことがある」ということが既知である文脈で用いられる。このようなとき「彼が受験に失敗したことがある」という命題は「彼は受験にまた失敗した」という命題の前提であるという。」<<
我々は、話し手が言語を発した時、直接的な言葉ではなくとも
話し手が少なくとも「そうである」と思い込んでいる事(前提)を、読み取ることができる。
お母さんが「宿題をしなさい!」と太郎くんに言ったとき、
お母さんは少なくとも「太郎君は宿題をまだやっていない」と思い込んでいる。
またお母さんが「宿題をやったの?」と太郎君に聞いた時、
お母さんは少なくとも「太郎君が宿題をやったか分からない」(確信が薄い)のである。
推意と前提の話から言及先に戻るのだが、
>>「元夫が約束を忘れたとする。私は「なんで忘れたの?」と聞く」<<
の一文。
「なんで忘れたの?」と聞くことで元増田は元夫に対しての
(忘れるなんてありえない!)(何か変な事があったのかしら)
(私の事なんて嫌いだから忘れたんでしょ)
なんて含意(意味の含み)がある、と受け取れるっちゃあ受け取れるのである。
ただでさえ夫は約束を忘れて凹んでる所にこの始末。
「それは分かってる。なんで忘れたの?」
(私に言えない事があるんでしょう!)
こういう含意を受け取れるっちゃあ受け取れるのである。
飛躍だとか被害妄想だと言えばそれまでだが。
受け取りようによっては、受け取れるのである。
でもそれは言わない。含意されてる事を本人が自覚してるのかもわからない。
それって「こういう含意だよね?」なんて元夫も言いづらいよね。そもそも含意なんて日常会話では使わない。
元夫「妻ちゃん、何度も何度も訊ねてくるけど、もしかして僕には君に言えない事がある、と思ってる?」
アキネイターか。
寝てたのかもしれないし、ドラマを観てたのかもしれないね。仕事が忙しかったのかもしれないし、本当に他の人に会ってたのかもしれない。真実は分からない。
でも「妻ちゃん、言ったら怒るだろうなあ」って思って言えない。が、別に手帳に日時を書き記す訳でもない。所詮その程度の関係だったのか?
だから悲しいんだ。
**「私」は元夫にどうして欲しいの?
「約束を忘れられて悲しかった」なら、そう直接言えば良いんだ。
だけどそう素直に言えないのが人間だよ。だって人間だもの。
答えを元夫に求めてばかりで、
「どうやって忘れないようにするの?」
(また忘れるんでしょう。どうせ)
(少なくとも、忘れないようにする手立てが私には思いつかないし、あなたにあるのかもわからない!)
「明日にしたらちゃんと話すの?」
(話さないんでしょう。どうせ)
(明日に話すという確信はもてない!)
そんな風に言ったら、相手にこう(カッコ内のように)伝わりかねない!
人間とは、何でもないところから勘ぐってしまうものなんだ。
そういう生き物なんだ!いや、そういう個体もいるんだ!
「しかし警部、犯人は本当に、今日話せない事を明日になったらちゃんと話すんでしょうか?」
「まあ待て。明日にはすべて分かる事だ。」
皆が警部みたいなのんびり屋さんではないのだ!
「そんな事、口では直接言ってない、曲解だ!飛躍だ!」
実際そう。だが、元増田がしてる事は「そういう逃げ道」も残せる…、そういう「やり方」なのである。
>>「「何なら納得するの?」「それを私に聞くのおかしくない? 自分のことなんだから自分で考えて」。これも当時は普通のことを言ってると思ってた。」<<
自分の事って言ってるが、はたして「納得する」のは誰なのか?「何なら納得するの?」と聞かれてるのに
不機嫌を一方的に押し付けて答えを言わず、結果として夫に嫌がらせしてるのは元増田の方ではないだろうか?
相手に何を求めてるのか提示せず、相手が「ああしようか、こうしようか」って提案を出しても、全部跳ね除ける。
相手には「説明しろ」というのに自分の事は何一つ説明しない。自分はどう思ったのか。自分はどうして欲しいのか。自分が何に困ったのか。
「私は寂しいんだよ」とか、「私は約束やぶられて嫌だったの」とかその一言が言えない。「私は」の気持ちをもっと言えばいいのに、
自分の気持ちを認めることを避けているように感じる。
自分自身を、否定しているんじゃないか。
自分自身を否定することが、相手には「自分だけが正しいと思っている」と映ってしまうのは、
何と皮肉な事だろうか。
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